最近、エドガー・ケーシーに関する本を読みました。
彼は、1877年、ケンタッキー州の無学の農家に生まれました。医療の知識がなかったにもかかわらず、催眠状態に入ると病気の人の原因や治療法を述べ、多くの人を癒し、1945年に亡くなりました。

私が読んだ『転生の秘密』という本は、ジナ・サーミナラという人が書いた本で、彼が残した口述を研究し、輪廻転生は事実であることを証明しようとしています。

エドガー・ケーシーは最初は病気の人の治療法を話していたのですが、のちには、病気だけでなく、様々な悩み、苦しみの中にいる人の原因と治療法を話すようになりました。(彼はあくまで催眠状態の時にそれらを話したので、口述を読んだ彼自身も最初は戸惑いを感じたようです)

たくさんの事例において、彼は人々の前世を語り、それが今生でカルマ(行動)の実を結んで、現在の状況があることを伝えました。

そして、どんな状況にあっても、その状況は私たちを霊的に成長させるために起こっているのだから、今、どのようにその現実に向き合うかが重要だとということを人々に教えたのです。

輪廻転生を信じるということは、カルマの法則を信じるということです。
カルマの法則とは自分が思ったり、口にしたり、行動したことは、結局すべて自分のところに返ってくるということです。

私たちは、人生というのは、今生きているこの人生だけだと思っていますから、今この人生だけが上手く行けばいいと思っています。

自分がこの人生をどうにか楽しく豊かに過ごせれば良いのです。
だから、他の人のことは考えなかったり、自分の幸福のために人を犠牲にしたりもします。

でも、エドガー・ケーシーは、心に思ったこと、口に出して言ったこと、行動したことは、必ず自分に返ってくる、それは、今回の人生の間には返ってこないかもしれないけれど、この先の人生で必ず返ってくると言いました。(仏教でも同じことが言われています)

彼が言ったというより、何かが彼を通して語ったと言う方が正しいのかもしれません。(実際、彼は話す時、「私は」と言わず「我々は」という言葉を使っていたそうです)

とても公平だと思いませんか。
正直者がバカを見るということはないのです。
ずるい人がやったもん勝ちとはならないのです。

そして、エドガー・ケーシーが偉大なのは、(本当は彼がではなく彼が語った内容が偉大なわけですが)、

私たちが出会っている困難は、どのようなものも私たちに足りない良い資質を身につけるチャンスとして到来しているのだと語ったことです。

私たちが前世において、

ずる賢かったり、
誰かに親切でなかったり、
人を見下していたり、
残酷だったり、
自惚れていたり、
高慢だったりしたら、

今度はそれを受ける側に置かれ、本当はどのように振る舞うべきだったかを思い知らせるというわけです。

私がエドガー・ケーシーの名前を知ったのは、アーユルヴェーダに出会ってしばらくしてからでした。

もし、その時この本を読んでいたら、私はその内容を受け入れることはできなかったでしょう。

輪廻転生もカルマの法則も到底受け入れられなかったと思います。

カルマの法則は、ある意味、あなたが今苦しんでいるのは自業自得だと言われるようなものです。

今、自分が苦しんでいるのに、それは過去にあなたがこんな過ちを犯したからですよと言われたら、傷口に塩を塗られるようなものです。

自分の苦しみは自分を苦しめる人や環境が悪いからだと思っているのに、
そうではない、原因はあなたにあると言われたら、とてもじゃないけれど耐えられそうにありません。立ち上がる気力さえ失せてしまったことでしょう。

そんなキツイことをエドガー・ケーシーは、

その出来事こそが、
その病気が、
その悩みが、
その苦しみが

あなたを完成されたものへと導く大切な出来事だ

という希望とセットにして、語ったのです。

カルマの法則は、ある側から見たら、キツイです。
でも、別の面から見たら、全ての努力は報われるということです。

人に親切にしたら親切が返ってくる、
人のために骨を折ったら、今度は、自分のために誰かが協力してくれるということです。

あなたが人の幸せを心から願っていれば、あなたに幸せが舞い込んでくるということです。

ただ、それが今生で返ってくるかはわからないから、私たちは、いつも、あれだけ頑張ったのに…とがっかりしてしまいます。

でも、今すぐ返ってこなくても必ず返ってきて、私たちを成長させてくれるのです。

輪廻転生もカルマの法則も受け入れられる今になって、この本がやってきてくれてよかったなと思います。