飛行機に乗った時、空から街を見るのが好きです。
小さな家々を見て、どの家にも人が住んでいて、私と同じように笑ったり泣いたりしているんだろうなと思いを馳せます。
どんな人が住んでいるのか、どんな暮らしをしているのかわからないけれど、その人たちも幸せだといいなあと思います。
私でもそう思うのだから、神様ならもっともっとそう思うに違いないと思うのです。

人間の体の細胞は日々入れ替わっていて、私たちはいつも「私は私、変わらない」と思っているけれども、実は変わってしまっているのです。ただ、その事実に気がつかないだけ。

同じように樹々も花も動物も刻一刻と細胞単位で見れば変化しています。
だから、紅葉があり、落葉があり、新芽が芽吹くのです。
だから、種から芽が出て花が咲くのです。

でも、私たちは、桜の花が咲いたとか、大きな変化の時しか、変化していることに気づきません。
種も芽も花も新緑も紅葉も落葉も、それぞれに美しいと思います。
だから、人間も赤ちゃんでも子どもでも若者でも歳を取っても美しいと思いませんか。

私でさえ、どんな時もその時その時が美しいことを知っているのだから、神様ならなおのこと、どんな時も美しいと思っているのではないでしょうか。

自分の人生を振り返って見る時、明らかにあの選択は間違いだったと思うことがあります。
今の、昔より少しは賢くなった自分なら、もし、過去のあの時点に戻れたなら、正しい選択ができたかもしれません。

でも、あの時の私は愚かで、あの選択しかできなかったのだと思うのです。
そんな時でも神様は私を見捨てることはなかったのだから、
今、何か間違った選択をしてしまっている人もちゃんと行くべき道に戻ってこられると思うのです。

私でさえそう思うのだから、愛そのものである神様なら、なおのこと忍耐強く私たちが行くべき道に戻ることを願っているに違いないと思うのです。

私は世界の中に置かれていて、良い時もあれば良くない時もある。
だけど、どんな時も大きな愛に包まれている。

悪がなぜ存在するのか。
それは私にはわからない。
私たちは、戦争や貧困や飢餓や搾取などと闘わなければならない。

OKとはとても言えない状況を抱えてはいるけれど、

それでも、

それでも、

世界は良いものとして存在しているように思えてならない。