藤が丘にある2bananeira さんは不思議なご縁があるところ。
ここのオーナーのMioさんが田口ランディさんのファンということで、今まで名前は聞いたことがあって気にはなっていたけど、一冊も本を読んだことがなかった田口ランディさんの本を買って読んでみようと思った。

Mioさんが最初に読んだ本が、『できればムカつかずに生きたい』という本だったというので、それを探していたら、なぜか『パピヨン』という本に目がいった。

その書き出しはインドのラダックだった。なぜか私の中にラダックに行ってみたいという気持ちがあったので、「え?」と思った。しかも、そこでランディさんが瞑想するシーンから始まっている。
ラダックに瞑想、もう既に二つも共通点が…。

立ち読みで数ページ読んだ時、今度は、エリザベス・キュープラ・ロスという名前が出てきた。
「あれ?どこかで聞いたことがあるような?しかも本の名前はパピヨン」
私はその場でエリザベス・キュープラ・ロスを検索した。そう!この人の著作『人生は廻る蝶のように』を読んだことがある!しかもこの本、ある人から「あげる」と贈られた本で、「なんでこんな本をくれたのだろう?」と読後、不思議に思った本なのだ。そして、表紙の青い蝶がとても印象に残っていた。

ランディさんの『パピヨン』は、エリザベス・キュープラ・ロスと自分の父親の看取りについて書かれた本。

「ええ?あの本、ここでつながるの?」という驚き。

本の中に、ランディさんの家庭事情が書かれているのだが、怒りっぽい父とそれを真似たように怒りっぽくなった兄の話が出てきて、またビックリ!
うちはこれほどではなかったけど、同じじゃん?

私は蝶はちょっと気持ちが悪くてあまり好きではないのだが、ここ数年使っている「夢をかなえる手帳」は、昔プログに書いたことがあるけど「黄色い蝶」がついていたし、今使っているのは、水色に蝶の絵柄なのだ。

そして、夫の実家にあった絵本、『もっとなにかが』。何年も(何十年も?)ずっとあったのに、手にして読んだのは最近で、絵本だと思っていたけど、すごくスピリチュアルな内容で、「今だから出会えたんだね」とビックリした。それも蝶の話なのだ。

さらに『パピヨン』の最後に死んだペットが蝶になって姿を見せてくれるという例が載っていた。これは私たちの愛犬が死んだ時もそれまで見たことがなかった黒い蝶がやってきたから、実感できる話だった。

ま、それは蝶というより黒いトンボなんだけど、そして、今は川に結構いることを知って、それまでもいたのだけど、私の意識にのぼらなかっただけなのかもしれない、いたけど見えなかっただけなのかもしれないと思うけど、それでもその時、私たちを慰めるようにたくさんの黒いトンボが数日間玄関先に来てくれたのは事実だ。

昨日、bananeira で夢の話をした。その人はUFOに乗った話をしてくれて、私も夢が解決策を教えてくれたり、自分が見ようとしない問題を見せてくれたりすることを知っている。
そうしたら、今朝のNHKで、震災後、亡くなった方が夢に出て来てくれて、それでだんだん元気になっていったという話を紹介していた。

なんだか、怖いようだけど、まだまだつながっていて、『パピヨン』にはマザー・テレサの話も出てきて、ロスとの共通点と相違点が書かれている。
2年前、インドにいこうと思った時、3つの選択肢の中から、マザー・テレサの家でボランティアを体験しようとコルカタに行くことを選んだのだ。

マザー・テレサの家で私が体験したことは、「命の輝き」ということだ。私はこれを言葉ではなく体験した。
私たちは、すべての属性、何をやったかなどに関係なく、生きている、ただそれだけで価値がある、命そのものに価値がある、ということを体感できた。
神は、私たちの性格とか行いとか、そんなことで人を判断したりしない。
聖書に書かれている「天の父は、悪い人にも良い人にも太陽を上らせ、正しい人にも正しくない人にも雨を降らせてくださる」という言葉が実感できた。

もちろん、私たちがどう生きるのかは重要な問題だ。でも、生きていることを「1」としたら、どう生きるかは、実は「0.000000000001」くらいの重要さなのではないだろうか。「0.000000000001」だってとっても重要だ。だけど、「生きていること」「命」はそれとは比べものにならないほど重要だとマザー・テレサの家の屋上で大量の洗濯物を干しながら感じた。

そして、本には喪失の6番目の段階(一般的には死の受容の5段階、否認、怒り、取り引き、抑鬱、受容が知られていて、この6段階目はランディさんがロスの本から引用している)、〈神に怒る段階〉が書かれていた。

「ああ、すべてがゆるされているだな」と思った。
神に悪態をつくことすら、ゆるされている。

つい最近まで、私は長いこと、悪態をついてきた。「神さま、おかしいじゃないですか?私が何をしたというんです?私をこんな目にあわせるなんてひどすぎます!」と。
でも、これもゆるされていたんだなあ。

私たちの意識はつながっている
時空を超えてつながっている
宇宙とも人間以外の生命体ともつながっている

そう確信できた。